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罪深き食材、生牡蠣に隠されたエロチシズム

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料理で官能的な気分を味わったことはあるだろうか?

食べたことのない味で舌が震えた、極めて特殊な食感で全身に鳥肌が立った、耽美なルックスに喉が鳴った、独特な匂いに興奮し、思わず目の前で一緒に料理を食べている異性と過ごす今夜を思い描いた…

…生牡蠣はまさに官能的な食材の代表だ。

oyster
その海の恵みを口にするとき、私達はある種の緊張を感じてしまう。
生で食べられる機会が多いため、食あたりが多い食品であることは確かだが、牡蠣を食べるときの緊張は、そのような単なる衛生面への不安だけによらない。
罪の意識や、後ろめたさのような…牡蠣にはそういう特別な何かがある…一体その正体は何なのだろうか?

「…なんか全身が生牡蠣になったような感じだったんです」

そう表現してみせたのは、短編小説『フレッシュ・オイスター』を書いた、作家の村上龍である。作者の名作の一つ、『村上龍料理小説集』は、32の短編が集まった「料理小説」だ。

村上龍料理小説集』村上龍(講談社)

ストーリーで味わう料理の魅力

官能的な料理というものは、ただ美味しいというだけではなく、「出会い」という魅惑に包まれている。食の魅力は必ずしも味だけではない。いくら素晴らしい味だとしても、一人寂しく孤独に食べることには、実はあまり意味がない。神秘的な野生の食材を使用して恐ろしいほどに作り込まれた貴重な料理を前に、時間を共にする相手との特別な夜。遠く離れた外国の土地で、歴史と伝統を感じる料理に舌鼓をうって、文化の中枢に触れる知的な時間。人はそのストーリーの贅沢さに、秘密に、快感に、罪の意識さえ感じ、官能的な魅力を実感するのだ。
そのエロティックで背徳的な気分を短い時間で一気に楽しめてしまう、それが『村上龍料理小説集』の魅力なのだ。

小説の舞台や回想シーン、テーマになっている料理の種類は、32話の短編でそれぞれ異なっている。…マンハッタンのリトルイタリー、ラップランド地方やリオ・デジャネイロ、赤坂やオールド・デリーのダウンタウン…味わう料理は、「骨付き仔牛のカツ」・「トナカイの生レバー」・「豚の臓物入りフェジョアーダ」・「ふぐの白子」・「ヤギの脳味噌のカリー」など、内臓が騒ぎ出すような美食料理がさまざまだ。
中でも、先述した『フレッシュ・オイスター』には特に惹きつけられる。語り手の男性と、キャビンアテンダントの女性は、2ヶ月間に3度、偶然の出会いを繰り返す。そのはじまりが生牡蠣に関する出会いで、一度目はニューヨークのオイスター・バー、それからシンガポール、千葉、そして4度目がパリ、サン・ジェルマン大通りだ。

「セクシーだったわ、(中略)…生牡蠣のことを考えてたらあなたに会ったんです」

「…全身が生牡蠣になったような感じだったんです、そしたらあなたに会ったから、びっくりして、まだ心臓がドキドキしてます」

そう語る女性の艶かしいセリフに、エロチシズムを感じずにはいられない。「全身が生牡蠣になった感じ」、とは一体どういうことだろうか?男性のことを本能で肌が直接的に求めていたのかもしれないし、あるいは細胞が味と映像を記憶していて、思い出しているうちに頭の中が生牡蠣のように溶けていきそうになったのかもしれない。いずれにせよ、はっきりしていることは、「全身が生牡蠣になった感じ」、とは味わったものだけが知る、「食」だけがもたらす特権的な快楽だということである。 「全身が生牡蠣になった感じ」を味わいたい方、また相手に味わって欲しい方は、『村上龍料理小説集』を手にとって開いてみることをお勧めする。

「…罪を食うとオレたちは元気になる」

そう作中にもあるように、32の短編料理小説は、私たちの人生を間違いなく充実させてくれる。そして、世の中に渦巻く巨大な快楽の秘密を少しだけ、まるで耳元で囁くかのように、そっと教えてくれるのだ。

Written by ヤマダリョウ

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