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気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

春の海の風物詩、潮干狩り
関東では3月頃から潮干狩りの人たちをみかけるようになります。
そんな潮干狩りでとれるアサリ。そしてアサリに混じって獲れることもあるアオヤギ。
普段あなたはどうやって食べていますか?

江戸前の海で豊富にとれる貝は、江戸の人々にも馴染み深い味でした。
グルメで知られる池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」にも、そんな江戸の貝料理が出てくるのです。

気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

鬼平の思い出の味「深川飯」

鬼平犯科帳のテレビ第1シリーズ第23話「用心棒」の中で、深川飯を食べるシーンがあります。

鍋の中でぐつぐつ音を立てる汁の中から、おたまでねぎとアサリをすくい、飯にかけ、それを平蔵にさしだします。

猫殿「またお頭も、物好きな・・・」
平蔵「猫殿、これがうまいのだ。昔々な、おやじに勘当されたとき、もう3日3晩飲まず食わずで屋敷の周りをうろつきまわってな。やっとのことで、門番のお袋にこうしてねぎとアサリの深川飯をふるまってもらったときの、そのうまさといったらもう・・・こうして思い出しただけでもよだれがたれるわ」
猫殿「でも、これはあの、醬油味でないと」
平蔵「いや何をいうんだい 深川飯は味噌に限る」
猫殿「いえいえ。なんとおっしゃろうと醬油味でございますよ!」

互いに譲らない二人を遠くから見ていた奥方が声をかけたところで、二人の小さな言い争いは終了します。

気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

深川飯とは?

そもそも深川めしって何なのでしょう?
簡単にいえば、アサリの入ったご飯。アサリの入った汁物をご飯にかける、いわゆるぶっかけの形と、アサリを炊き込んだ炊き込みご飯の形があります。
農林水産省選定の「農山漁村の郷土料理百選」でも東京都の郷土料理の一つとして選ばれた一品です。

深川飯 Fukagawa Meshi

「深川」は現在の東京都江東区の地名で、貝の産地として有名でした。
その深川の漁師が仕事の合間に手早く食べていたのが深川飯のはじまりといわれていますが、深川以外でも、貝のとれる地域では他にも同じようなご飯が伝わっているようです。

現在の江東区も海沿いですが、江戸時代はの深川のほうにも海岸があり、ハマグリ、カキ、バカ貝(あおやぎ)が名産でした。
今の深川飯といえばアサリが定番ですが、江戸時代にはバカ貝で作られていたともいわれています。

鬼平犯科帳劇中の長谷川平蔵は、若いときは本所深川を放蕩三昧で遊び回っていたようですが、実在の平蔵も少年時代を本所の母の実家か、長谷川家の屋敷で過ごしていた可能性もあるそうです。
深川は「本所・深川」と並び称されるように、隣り合った地です。
平蔵が深川の名物だった貝類を食べていたのも不思議ではありません。

ソバ好きな江戸っ子もよく食べた「あられそば」

気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

鬼平犯科帳では深川飯の他にも貝を使ったいろいろな料理が登場しますが、そのうちの一つ、現在はあまり見かけなくなったのが「あられそば」
小説では「ふたりの五郎蔵」の中で女性の密偵が立ち寄ったそば屋で、密偵達が注文したそばです。

あられそばとは、海苔とバカ貝(あおやぎ)の貝柱をいれた蕎麦のこと。
日本料理ではさいの目切りよりももっと細かいサイコロ状にする切り方を霰に見立てて「あられ切り」といいますが、具のバカ貝がこれと同じようにあられに見えることからこの名がつけられたようです。

江戸末期のそばの値段を見ると、以下のような相場だったようです。

そば      16文(普通のそば)
あんかけうどん 16文
あられそば   24文
花巻そば    24文(浅草のりをかけたもの)
天ぷらそば   32文(芝エビの天ぷらをのせたもの)
上酒一合    40文
(『江戸のファーストフード』講談社 より)

それぞれのそばのちょうど平均的な価格あたり。庶民にはなじみのあるそばでした。
現在のおそば屋さんではあまり見かけませんが、2月あたりに期間限定でメニューに載せるお店もあるので、見かけたらぜひ味わってみてください。

気分は鬼平犯科帳? アサリ・アオヤギ…春の旬な貝で江戸の味を楽しもう

関東では潮干狩りの季節。
旬の貝を使って、鬼平気分で江戸の味を楽しんでみるのも、また粋ではないでしょうか♪

Written by ハヤミ

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突然だが、世界には3種類の食の作法がある。手食、フォークナイフ食、箸食である。人口分布は、それぞれ世界の人口の40%、30%、30%ほどだという。今回は、世界を分かつ3つの食作法に迫ってみたいと思う。

嗚呼、麗しの手食文化

食べ方には、エリア宗教、それからもちろん、食べる物も関係している。
まずは、世界で最も多いとされる手食文化について。手食文化とは、文字どおり手でモノを食べる文化のことだ。手食文化が発達しているのは、東南アジアから中近東、アフリカにかけてとオセアニア地域。私たちが思っている以上に広い。

手食文化は、回教(イスラム教)やヒンズー教圏で広まった食文化であり、その裏には「食べ物は神から与えられた神聖なものである」という考え方がある。また、「食器や、箸・フォークなどの食具は汚れたものであり、手が最も清浄なのだ」という宗教的戒律に基づいているのだという。

Children Eating, India

手食文化には、独自のルールが定められている。例えば、食事の前後には必ず手を洗って口をすすぐこと、食べ物は床の敷物の上に並べること、片膝を立てるかあぐらを組んだ姿勢で食べること、来客時には男女別々に食事をすること、などである。また、食べ物に触れることが許されるのは右手だけとされており、親指、人差し指、中指の3本の指をスプーンのようにして食べる。3本の指では、食べ物の熱さや冷たさ、硬さや柔らかさも直に感じることができるのだ。つまり、手食文化とは、味覚、嗅覚、聴覚、視覚に、触覚をも加え、五感で味わうことのできる贅沢で感覚的な食べ方なのだ。いやはや奥が深い手食文化である。

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2017年の大ヒットドラマといえば、TBS放送の「逃げるは恥だが役に立つ(通称:逃げ恥)」
ドラマの面白さや、エンディングの「恋ダンス」も話題になり、一大ブームを巻き起こしましたね。

瓦の上にそば!?逃げ恥にも登場・山口県のご当地飯「瓦そば」が美味しすぎる!

(C)TBS 原作/ 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」

ちなみに、皆さんは恋ダンスを踊れますか?
私は友人の結婚式の余興で踊りました♪

二人のラブコメと恋ダンスにキュンキュンしつつ逃げ恥を見ていると…
「あれ?あの食べ物何?瓦の上にソバが乗ってる?」
という、クエスチョンマークだらけの不思議な食べ物が…しかも、なんだかとてもおいしそう…
というわけで、今回は逃げ恥に登場した不思議な食べ物「瓦そば」をご紹介します!

瓦の上にそば!?逃げ恥にも登場・山口県のご当地飯「瓦そば」が美味しすぎる!

(C)TBS 原作/ 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」

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スター・ハート・リボン・アヒル…アナタの知らない箸袋箸置きの世界

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待ち時間の空腹を、最高のスパイスに!!

ごちそうがやってくるまでの待ち時間、皆さんは何をして過ごしますか?
TwitterやFacebookのチェック?
それとも、雑誌を開いてのんびり過ごす?
美味しいごちそうを待っている時間は、何をしていてもワクワクが止まらないですよね。
でも、せっかくごちそうを食べにきたのだから、待ち時間を“食に関すること”をして、楽しんでみませんか?
今回おすすめするのは、箸袋を使って折る箸置きづくりです。
きっと、美味しい料理がより一層美味しく感じられると思いますよ!!
作り方をシンプルに解説した画像もご用意しましたので、お手持ちのスマホにダウンロードして、是非実践してみてくださいね!!

スター箸置

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どんな柄の箸袋でも、キレイに仕上がる楽しい箸置です!!
難易度:★☆☆

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ハートの箸置き

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見た目以上に簡単に作れるので、是非挑戦してみて下さい!
難易度:★☆☆

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リボンの箸置き

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形がとってもキュートです。他の箸置よりちょっと難易度高め。
難易度:★★☆

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アヒルの箸置き

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複雑そうに見えますが、作ってみると案外簡単。慣れると1分以内で作れるようになりますよ!!
難易度:★★☆

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飲み会や合コンの話のタネにも!!

おいしいごちそうの待ち時間を彩ってくれるステキな箸置きたちですが、手軽に作れるので、話のネタとしても活躍すると思いますよ!!
ぜひ皆さんでシェアしてみて下さいね~!!

Written by おかちまちこ

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受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱は○○○で戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱はカツオで戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

毎日の受験勉強お疲れ様です!
受験戦争を勝ち抜くために、縁起の良い語呂の食べ物を食べて試験に臨む受験生もいらっしゃるのではないでしょうか?
そんなふうに縁起のいい語呂合わせで験担ぎをしたのは、まさに命をかけた戦争をしていた戦国時代も同じだったのです。

受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱はカツオで戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

北条氏綱が喜んだ「勝つ魚」

天文6(1537)年の夏。相模国(神奈川県)小田原の近海では多くの釣り船がカツオを釣るために海士が漁に出ていました。それを聞いた北条氏綱は、海士の漁を見物するために、舟を出したのです。
酒を飲みながら楽しんでいたところに、1匹のカツオが氏綱の船へ飛び入ります。氏綱はこれを喜び「勝負にかつうお」だと言い、すぐに酒の肴にしました。
同じ年の7月上旬。氏綱は武蔵国(現在の東京都・埼玉県)を治める上杉五郎朝定を攻めるために出陣すると、15日夜に戦に勝利。武蔵国を治めるようになったのです。
その頃の北条氏は全方位に敵があり、戦が止むことがない毎日でした。氏綱が賞味したカツオは「勝負にかつうお」ともてはやされるようになり、北条家の侍達は常にそれを準備して、戦場に出る時の酒の肴にはカツオが欠かせないものになりました。

この話は、寛永18(1641)に三浦浄心が書いた『北条五代記』に載っています。北条氏綱は、大河ドラマ真田丸で登場した北条氏政の祖父にあたる人物です。

受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱はカツオで戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

カツオハプニングを歴史からみると

この頃の北条氏はまだ安定した勢力ではなく、上杉氏をはじめ、昔から関東を治めていた一族と激しい戦闘を繰り返していました。
そしてこの天文6年。実は4月に上杉朝定の父が病死し、代替わりしたばかりだったのです。家中も何かと変化し、ごたつくこともあったでしょう。百戦錬磨の氏綱がそれを見逃すはずがありません。朝定を攻めるための準備を着々と進めていたのではないでしょうか。

そんな時に、船に飛び込んできたカツオ。氏綱にとっても良い知らせと受け取り喜んだのはもちろんですが、それをアピールすることで家臣を奮い立たせようとしたのかもしれません。

この時の験を担いで後の北条氏でも出陣でカツオが用意されるようになったということは、この時の勝利が後の世にも語り伝えられる大きな節目となる勝利だったのでしょう。またカツオは当時の小田原でも獲れるので、北条氏にとっては手に入りやすかったということもあるかと思います。

受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱はカツオで戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

語呂合わせに願いをこめた戦国時代

北条氏がカツオを験担ぎで用いたように、日本では古くから縁起が良い語呂を儀式にとりいれています。
戦国時代に合戦へ出陣するときには、大将と家臣達で戦勝祈願のために「三献の儀式」が行われていました。この儀式は「打鮑(うちあわび)」「勝栗(かちぐり)」「昆布」を食べ、敵に「打ち」「勝ち」「喜ぶ」ことを願う儀式です。
見事に勝利して凱旋した時には、食べる順序が変わります。「敵に勝ち(勝栗)、打ち(打ち鮑)、よろこぶ(昆布)」という順序で食べるのです。

受験中の食事の参考にしたい!北条氏綱はカツオで戦に勝利?戦国時代の験担ぎ

日本では古来より「言霊」の信仰があり、良い言葉を発すれば良い事が起こるとされていました。明日の命も知れない戦国時代、この縁起のいい語呂合わせを取り入れた儀式は自らを奮い立たせ、武士達の心理的な支えにもなったことでしょう。
現代でも、縁起の良い語呂合わせをに願いをかけるのは同じですね。受験戦争真っ只中…少しでも運を掴みたい人は、ぜひ縁起の良い名前の食べ物に願いをこめて、勝利をおさめてください!

Written by ハヤミ

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他にも読みたい!戦国飯他にも読みたい!戦国飯

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

飯に汁を二度かけて父を失望させた北条氏政

2016年大河ドラマ「真田丸」でも描かれていた北条氏政と汁かけ飯の話。戦国ファンの間では有名な逸話ですが、実際に史料ではどのように書かれているのでしょうか。

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

この話が書かれている最初の本といわれるのが、江戸時代の1656年成立の『武者物語』です。
早速現代語訳にして読んでみましょう。(原文は和泉書院『武者物語・武者物語之抄・新武者物語』に掲載)

物語は北条氏康の時。跡継ぎである氏政が一緒に食事をしていると、氏康は突然涙を流して「北条は自分の代で終わる」と言い出した。
氏政や家臣たちは驚く。
氏康は続けた。
「氏政の食べ方を見るに、一つの飯に汁を2回かけて食べていた。人間は身分の高低に関わらず1日2度の食事をするのだからこれが上達しないわけはない
それなのに、一つの飯にどれくらい汁をかけるのかも計算できず、足りずに2度もかけるのは不器用である。
朝夕に行うことでさえこのような推測ができないのであれば、人間の心底も推測できず、人を目利きできるはずがない
人を目利きできなければ良い家臣は持てず、この戦国の世で明日にでも氏康が死んでしまったら、賢い大将が隣国からやってきて氏政を滅ぼしてしまうだろう」と。

後世の人達はこのエピソードを「だから北条氏は時勢を読めず、豊臣秀吉に滅ぼされてしまったのだ」という教訓として伝えました。

ところが汁を二度かけていたのは、氏政だけではなかったのです。

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

汁を二度かけたのは氏政だけではなかった!

「昔毛利輝元が昼飯をたべていた。初めは飯をたべ味噌汁をすすっていたが、後に飯に汁をかけてたべだした
ところが、汁のかけ方が足りないと見えてまたかけた
それを毛利元就が見て、輝元は中国十二カ国の大守がつげないであろう。残念だが大将の器でないと言った。
そして十二カ国のうち八カ国を天下様に戻して、後四カ国の殿様になって天下の客分になったらよかろうと遺言した。
しかし輝元はこれを果たさなかったのでとうとう防長二カ国になってしまった。」
(宮本常一『家郷の訓』岩波文庫より)

民俗学者である著者・宮本常一氏、はこのエピソードを「一度やりかけたことは中途で変更するものではない」という教訓として聞かされたそうです。
北条氏の小田原から遠く離れた山口県の昔話ですが、どちらもとてもよく似た話ですね。

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

汁かけ飯は便利で合理的な昔の日本の日常食

飯に汁をかける行為は、現代では行儀が悪いように見えるかもしれません。
ですが、これは戦国時代以前から貴族も行っていた食事方法なのです。

現在のように電子レンジや炊飯器がない時代。温かいご飯がいつも食べられるわけではなく、時間がたったご飯は冷えて固くなってしまいます。
ところが、汁をかければご飯が温かく柔らかくなって、食べやすくなりますね。
さらに汁かけ飯には、短い時間で食べることができるという利点があります。
特に戦国時代、汁をかけた飯は戦の陣中でも手早く食べられる便利な食事でもあったのです。
また、現代でも、お寺のお坊さんが食事を終える時には、茶碗にお茶を入れ漬物で茶碗を拭きます。汚れとなる食べ物も粗末にしないためです。
ご飯に汁をかけて食べるのは、このように食べ物を無駄にしないための方法でもあったのかもしれません。

大河ドラマ・真田丸に登場 ご飯に汁を二度かけたのは北条氏政だけではなかった

北条と毛利、似た話が存在するということは、汁かけ飯は全国共通で話を聞いた人が誰でも理解できる身近な食べ物だったということでしょう。 当時の人がどのような食事をしたのかという視点でこの話を読むと、なんとも興味深い話に思えてくるのではないでしょうか。

Written by ハヤミ

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るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!

るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!

文明開化の音がする…

今までの文化と価値観がガラリと変わった明治日本。幕府が倒れ政府が誕生し、色々な物が急速に変わっていった時代です。
国が変わっただけでなく庶民達の文化も変わっていきます。武士と言われた人達がいなくなり、食生活も変わっていく中、庶民達はある食べ物たちにメロメロにされてしまいます。その食べ物が現代人にも大人気な、あんぱん牛鍋でした。

るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!
牛鍋 荒井屋 万国橋 馬車道

るろうに剣心も愛した牛鍋

牛鍋発祥の地は明治時代に開港された横浜と言われています。この地に留まった外国人達が牛肉を食べている様子を見た日本人が「うまそうに食ってるから俺らも真似してみるべ」と言って真似して食べ始めた事がきっかけだそう。
最初は牛肉の臭いがキツくて嫌われていた牛鍋でしたが、牛臭さを無くす為に味噌や醤油を入れて煮てみると臭いがなくなりなくなり食べやすくなりました。その後も味を改良していった結果、割り下(合わせ調味料)と共に肉や野菜を入れて食べる、今のすき焼きに似たスタイルになっていったそうです。
明治時代の剣客の話を描いた漫画「るろうに剣心」でも牛鍋を食べるシーンが何回も描かれており、2012年に公開された映画版でも、佐藤健演じる剣心たちが、非常に美味しそうに食べています。

るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!
るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!

©ワーナー・ブラザース

牛鍋とすき焼きとの違いは?

牛鍋とすき焼きってあんまり変わんなくない?と思われたそこのあなた!!牛鍋とすき焼きは全然違います。関西から伝わってすき焼きは、砂糖と醤油を鉄鍋に入れて熱してから、お肉を焼いて食べるもの。一方の牛鍋は、鉄鍋に合わせ調味料である割り下・野菜・お肉を入れてグツグツ煮込んだものなのです。

るろ剣も!明治人がみんなメロメロだったのは文明開化の音がするあの食べ物!

©ワーナー・ブラザース

当時の横浜では多くの牛鍋屋が存在しておりましたが、東京大震災の時に多くのお店が焼けてしまいました。しかし今でも当時の牛鍋が食べるお店が横浜にまだありますので、明治時代の人達が好んで食べた牛鍋を味わいたい方は今すぐ横浜へGO!!

明治時代に作られ、明治天皇も大好きだったあんぱん

日本を代表するパンであるあんぱん。今でも有名な菓子パンとして人気が高いですが、このあんぱん実は明治時代に誕生したパンってご存知でしたか。このあんぱんを製造したお店の名を木村屋といいます。そうです。むしパンやジャムパンで有名なあの木村屋が、日本で初めてあんぱんを製造したお店なんです。木村屋の創業者と息子二人で心血注いで作ったあんぱんを初めて販売し始めたのは銀座の地でした。あんぱんは明治人の舌に合い、あっという間に口コミで広がり大変好評だったそうです。

Kei Onoさん(@kchan1211)が投稿した写真

こうして庶民に大人気なパンとなったあんぱんですが、明治天皇もこのあんぱんが大好きでした。明治天皇が水戸藩のお屋敷に行幸された時、木村屋の創業者達はあんぱんを献上します。この時いつものあんぱんにさりげない工夫を仕掛けておりました。
あんぱんを献上した季節はちょうど桜が満開となっている春でした。そこで彼等は桜を塩漬けにしてあんぱんの上にひとひら乗せてから献上します。このあんぱんを食べた明治天皇は大いにお気に召したそうで、皇室ご用達として知られるようになります。この皇室御用達になった4月4日をあんぱんの日とし、今でもカレンダーに記載されております。

牛鍋とあんぱんの話を書いていたら無性にあんぱんと牛鍋が食べたくなってきました。とりあえずあんぱんを今からコンビニ行って買って食べ、明日の夜ご飯はすき焼きにしてみます。みなさんもあんぱんとすき焼きを食べる時には明治時代の文明開化に湧いた頃の日本人へ、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

Written by 廉

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冬にぴったりの「けんちん汁」実はあの県の郷土料理だった!

冬にぴったりの「けんちん汁」実は○○県の郷土料理だった!

光り輝く東京の近くにある、ちょっと地味?な、あの県

東京の南に位置する神奈川県ですが、多くの人にそのイメージを聞くと、「神奈川?横浜があるところ?」「ぶっちゃけ何があるのかよくわからない」などなど、聞かなきゃよかったと思う意見ばかり……。そう、地味な場所です。神奈川出身者ですら、「だいたい、横浜のイメージでしょ」「最近は、湘南や鎌倉、江の島のイメージじゃない?」とうっすらとした魅力しか思い浮かばず……。そんなことないはずだ!きっと神奈川にも他県に負けず劣らず、素敵な魅力があるはずだ!!
今回は、生まれも育ちも神奈川県!なエダマメが、神奈川県の新たな魅力をお伝えします。

けんちん汁って、知ってる?

神奈川県民なら、誰しもが知る「けんちん汁」
ネギや里芋、にんじんなどの野菜をごま油で炒め、油揚げを入れた後、だし汁やしょうゆなどで味付けをして、「くずした豆腐」を入れて煮込んだ、寒い冬に嬉しい具だくさんの汁ものです。お椀に入っている様子は、豚汁にそっくりなのですが、豚汁とは異なる部分がたくさんあります。

1.野菜をごま油で炒めるか否か

けんちん汁は、必ず野菜をごま油で炒めます。このごま油の風味が、より良いけんちん汁を作るのに大事なのだとか……。

2.味付けが違う

豚汁は、冬にぴったりな味噌で味付けをするのに対し、けんちん汁は醤油で味付けをします。

3.肉が入らない!

豚汁は、読んで字のごとく、「豚肉」を入れますが、けんちん汁はもともと精進料理だったため、肉類を入れることはNGなのです!

4.ダシが違う

先ほど言ったように、けんちん汁は精進料理のため、だしも「昆布」や「椎茸」からとったものを使います。豚肉のだしが効いた豚汁とは違い、味気ないのでは?いえいえ、そんなことはありません。優しい味わいは、体だけじゃなく、心にまで染み渡るのです!

冬にぴったりの「けんちん汁」実は○○県の郷土料理だった!

具だくさんなけんちん汁!

冬にぴったりの「けんちん汁」実は○○県の郷土料理だった!

こちらも具だくさん!な豚汁。見た目はほぼ、同じ……

けんちん汁は、その場しのぎで生まれた!?

さて、本題。けんちん汁の発祥地は、神奈川県、北鎌倉なんです。え、本当?こじつけじゃないの?と疑うことなかれ!れっきとした由来があるのです!

昔々、全国から修行僧が集まることで、有名な北鎌倉「建長寺」で大きな法要が開かれることになりました。しかし、あまりに多くのお客さんが来てしまったため、豆腐が不足する事態に……!そこで、料理をしていた修行僧の一人が、「豆腐を崩して使えばいいじゃない!」とひらめき、たくさんの野菜と一緒に煮込んだものを出すことにしました。すると、この料理が評判に!このことから、「建長寺汁」と名付けられました。それが、たくさんの人に伝わる過程で訛りが出て、現在の「けんちん汁」となったとされています。僧侶がその場しのぎので作った料理が、まさか現代でも愛されることになるとは……。神奈川すごいぞ!

けんちん汁

これはけんちん汁!

地味とはもう言わせない!神奈川だって、ヤミー!な街

神奈川出身の私ですら、郷土料理だとは知らなかったほど、ポピュラーな食べ物として普及した「けんちん汁」。寒い時期にぴったりな「けんちん汁」をはじめ、他にも「かんこ焼き」「横須賀海軍カレー」など、神奈川の郷土料理や発祥の料理はたくさん!東京から電車で30分も揺られれば、たどり着くことができる神奈川県!ぜひ、あなたの舌で、神奈川のヤミー!な郷土料理を味わってみてください!

Written by エダマメ

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笑っておいしい!「落語メシ」のすすめ

江戸時代から続いている大衆芸能・落語。近年は若いお客さんも増えて、落語は一大ブームになっています。今回の内容は、そんな落語の……と、その前に、ちょいと小噺から入りましょうかねぇ。

おいしい落語

暑い盛り、クマさんが道端で油を売っていると、そこに友だちの八つぁんが通りかかりました。
クマ  「おーい、八つぁん。どこ行くんだい?」
八つぁん「おークマさんじゃないか。これから一杯やろうと思ってよ。」
クマ  「いいねぇ~。俺も連れっておくれよ。ところで今日はどんな肴で一杯やるの?」
八つぁん「落語だよ。」
クマ  「え?酒の肴が落語?刺身じゃねえの?」
八つぁん「そんなもの食えるか!俺は金がねぇんだから、落語家の噺を聴きながら一杯やるっていうってんだよ。」
クマ  「落語ってあれだろ、年寄りが日曜の夕方にテレビで見るやつだろ?」
八つぁん「そうそう。演じてるのも年寄りだけど。……ってお前ェは落語を知らないからそんなこと言えるんだよ。名人級の話になったら、話だけでうまいもの食ってる気になるよ。」
クマ  「……しかし年寄り同士笑わせて、何が楽しいんだい?落語で腹一杯になるのかねぇ。」

この八つぁん、お金をかけずに美味しい酒の肴を求めた結果、「最高の肴が落語だった」と気づくあたり、エッジの効いた粋な話なのですが……、少々難しいでしょうか?
ご心配なく。今回は、きっと誰でも魅了される、落語と食の世界にご案内します。

そもそも、落語って何?

落語とは、江戸時代に誕生した芸能のひとつ。噺家(落語家)さんがステージの上でおしゃべりする芸能で、噺家の「話芸」と聴衆の「イマジネーション」だけで成り立っています。これは豆知識ですが、今、芸人さんたちがよく使う「オチ」という言葉は、落語から来ているのです。

落語に出てくるストーリーは難しいし、江戸弁の言い回しは聞き取れない!……そんな人には、江戸の食文化を扱った演目から、落語の世界へ入っていくことをおすすめします。
落語は、扇子ひとつと身振りだけで食のシーンを表現してしまう、奥深い芸能。芸達者な噺家さんの手にかかると、まるで本物の食べ物がそこにあって、うまそうに食べているかのようです。そのパフォーマンスには、きっと初めて落語を体験する人も惹き込まれてしまうはずです。
誰かがおいしそうに食べている姿を見ると、なんだかお腹が空いてきませんか?……というわけで最近は、江戸の食にまつわる演目を見た後、実際に登場した料理を食べられるツアーも人気なんですよ。

まずは、志ん朝の「酢豆腐」をご賞味あれ

早速ご紹介したい演目は「酢豆腐」。とくに、ミスター落語こと、三代目古今亭志ん朝(1938~2001年)演じる「酢豆腐」は見ものです。

志ん朝は、どのような演目でもこなせる、オールラウンドプレーヤー。江戸の文化にも造詣が深かった噺家です。志ん朝の落語は、言ってみれば「美しい落語」。あまりにもその芸が卓越していて、緻密に計算されているので、誰もが志ん朝の高座に“理想の江戸っ子像”を見てしまうほどです。

おすすめ落語メシ「酢豆腐」のあらまし

さてさて、気になる「酢豆腐」とはどういうお話なのでしょうか?

ある時、気の合う町内の若衆が集まって、「暑気払いに一杯引っ掛けよう」ということになりました。ところが集まったのは大工見習いや今でいうフリーターのような、お金のない若者たち。酒はなんとか見つけてきましたが、肝心の酒の肴がない。いざ酒の肴について相談し始めると、みんな自分の好物ばかりを主張して、まとまりません。

そんなところに、頼りになる兄貴分が登場しました。

「台所の糠味噌の樽をかき回してみな。忘れちまったような古漬けが1本や2本あるはずだよ。そのままだと臭っていけねぇし、塩っ辛くて食べられるもんじゃない。それを一旦水に泳がして絞り、削りぶしと醤油をまぶして食べるのはどうだい?」

おいしい落語

兄貴分の提案に、町内の若衆は感心しきり。
しかし、若衆たちが「ついでにその古漬けを取り出してくれ」と兄貴分にせがむと、あっさり断られました。暑い盛り、臭い糠味噌に手を突っ込みたい人などいるはずもありません。

そこに、たまたま通り掛かった建具屋の半ちゃん
若衆たちは揃って「この、色男、女殺し、色魔!町内の女衆にえらく評判が良いよ」などと、半ちゃんをありったけ褒めちぎりました。

すっかり気を良くした半ちゃん。
「俺も江戸っ子。頼まれれば嫌といったためしはねえ」と、言ったまでは良かったものの、若衆たちに「糠味噌から古漬けを出すように」とせがまれる羽目に……。
「手を突っ込むのは勘弁してくれ」と、断る半ちゃんですが、なかなか引き下がらない若衆たちに「酒の肴を買ってくれ」と粘られ、まんまと金を渡してしまいます。

次に通りかかったのが、偏屈で町の変わり者、嫌われ者で有名な伊勢屋の若旦那
若衆たちはさらに悪乗りし「腐らせてしまった豆腐を、伊勢屋の若旦那に食わせてしまおう」と企みます。さっそく「町内の女衆にモテるねえ」と若旦那を褒めちぎりました。若衆たちは、「若旦那がモテるのは、物知りだから」と、さらに持ち上げます。

そこで、若衆たちは本題へ。
「食べ方がわからなくて困っているものがある。ここにいる者たちには価値がわからない。食べ方を教えてほしい」と、せっついたのです。そして若衆たちは、腐らせてしまった豆腐を差し出しました。差し出した豆腐は色が黄色く、毛がボーッと生え、とてつもない悪臭を放っています。

「若旦那、私たちにどうか食べ方を教えてください。」

若旦那は、逃げ切れずに持参した匙で一口食します。
「この鼻にツンっときて目がピリピリっと、この香りがまたオツだねぇ~」と、扇子で鼻もとの悪臭を払い、臭いにむせながらも、精一杯強がりました。

それを見た若衆たちは大盛り上がり。
若衆たち「食ったよぉー!大したもんだよ、さすが若旦那。ところでこれはなんという食べ物です?」
若旦那 「これは、酢豆腐です。」
若衆たち「うまい名前をつけたねぇ~。若旦那、もっと召し上がんなさい。」
若旦那 「いいえ、酢豆腐は一口に限ります。」

おいしい落語

いかがでしたか? この「酢豆腐」で一番のクライマックスといえば、若衆たちがウソをついて腐った豆腐を食べさせると、ツウぶった伊勢屋の若旦那が、それを食すシーン。その様子がとにかくおもしろいのです!
ちなみに、この伊勢屋の若旦那の様子を、ツウでも野暮でもない、中途半端なツウ=半可通(はんかつう)といいます。戯作者の山東京伝(1761~1816)が多用し、当時の流行語にもなりました。

三代目古今亭志ん朝のバージョンなら、口調が滑らかで、江戸弁が聴き取りやすく、話からシーンを想像しやすいので、「酢豆腐」を初めて聴く方にもおすすめします。
「酢豆腐」を口に入れた瞬間にむせる様子はいつ見てもおもしろく、映像に慣れている私たち世代にも親しみやすいパフォーマンスです。三代目古今亭志ん朝は、落語の歴史の中で最も映像を残した落語家としても有名なんですよ。

おいしい落語はまだまだ他にも!

「酢豆腐」以外にも、食にまつわる演目はたくさんあります。
ポピュラーなのは、「目黒のさんま」。有名な「目黒のさんま祭り」は、この話にちなんで催されています。五代目古今亭志ん生も、この演目を十八番のひとつとしていました。

おいしい落語

秋や冬には、あたたかい食べ物が登場する「二番煎じ」「時そば」がおすすめです。

「二番煎じ」は日本酒好きや鍋好きにはたまらない演目。旦那衆が鍋を囲み、猪の肉やネギを頬張る描写がふんだんに登場します。この演目はぜひ映像で、それも、三代目古今亭志ん朝のバージョンを見ることをおすすめします。

「時そば」は、食にまつわる落語の代表ともいえる演目です。そばの勘定をごまかそうと奮闘する様子がとにかくおもしろく、そばをすする落語家のパフォーマンスなど、注目どころが満載です。最近の落語家では、柳家喬太郎(1963~)のバージョンをおすすめします。なぜ柳家喬太郎なのか?それは、この落語家のマクラ(本編が始まる前のお話)が絶品だからです。柳家喬太郎の賛美するコロッケそばの話は……と、ネタバレはダメですね。続きはぜひご自身で聴いてみてください。

おいしい落語

落語をはじめて聴くときには、食にまつわる演目を探してみると、落語家のパフォーマンスを手がかりに、たっぷり落語を楽しむことができます。
ひとつの演目に興味を持ったら、違う落語家のバージョンも紐解いてみてください。新しい発見がありますよ。

いま世間では、イケメン落語、ワンコイン落語、女性の落語家などが登場しています。通勤や通学の時についヘッドフォンで落語を聴いてしまった皆さん!あなたたちはもう達者な耳をお持ちなのですから、今度は近場の寄席へぜひ出かけてみてください。

おいしい落語

Written by えむえむ

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夏だ!ビールだ!「枝豆」だ!江戸で人気?海外で人気?その魅力を徹底解剖!

夏の定番おつまみといえば?え、枝豆じゃないの!?

暑い日は外でビールが飲みたい!なんて方も多いのではないでしょうか。実際、この時期はいたるところで、期間限定のビアガーデンがオープンしています。しかし、今回のメインはビールではなく……そう、夏のおつまみ、枝豆です。何を隠そう、私は無類の枝豆好き!みなさんの知らない枝豆の魅力を紹介したいと思います!

ヤミー!枝豆

と、その前に……。そもそも、おつまみの定番って「枝豆」以外に何があるのでしょうか?お酒が飲めない私には「枝豆」の2文字しか浮かばず……。
ということで、アンケートを取ってみました。

Q1.あなたにとってお酒のおつまみといえば?
①から揚げなどの揚げ物 20%
②冷奴などさっぱりしたもの 10%
③枝豆や温野菜などの野菜 20%
④その他・おつまみを食べない 50%

Q2.具体的にはどのようなおつまみを食べますか?また、食べない方はその理由を教えてください。
「いぶりがっこ、馬刺し」25歳 会社員
「から揚げ、食べごたえがあるから」28歳 フリーター
「焼き鳥、もともと好きだしハズレがあまりないから」20代 社会人
「冷奴、〆にちょうどいいから」 20代 社会人
「枝豆や漬物、さっぱりしたものだと胃がもたれない」30代 飲食業
(エダマメ Twitter調べ)

こうしてみると、人によってバラバラですね。そして何より、枝豆の割合が少なーーーい!!!ビールには枝豆じゃないの?居酒屋でもバーでもだいたいあるじゃない?なんで食べないの?と浮かぶ疑問はたくさんありますが、これを読めばあなたもその魅力がわかるはず!枝豆、徹底解剖するぞ~!

そもそも「枝豆」って何なのさ!

枝豆とは、大豆の未成熟な状態のこと。つまり、枝豆=大豆なのです。ということは、「枝豆豆腐」なんて大豆in大豆だから……。なんて余計なことは置いておいて。枝豆を食べる習慣のある国はアジアに多く、日本でも奈良時代、もしくは平安時代に中国から伝わったとされています。そして、広く普及したのが江戸時代。現代の食卓に並ぶ枝豆は、枝からさやを切り離して茹でたものが一般的ですが、江戸時代では、枝付きのまま茹でた枝豆をそのまま売っていたそうです。このことから「枝付きの豆」ということで「枝豆」という名前が付きました。縁日のりんご飴のように、もしくはコンビニのからあげ串のように……枝豆は食べ歩きしてこそ、おいしい!という考えが多かったのではないでしょうか?当時の人々にとって茹でた枝豆は、ファーストフード!食べ歩きもできて、超便利!そのお手軽さから広く普及したようです。

ヤミー!枝豆

二日酔い・夏バテに枝豆!

そんな枝豆には、お酒好きな人にとって嬉しい効能がたくさんあります。枝豆とビールの組み合わせが最高なのは、言うまでもないことですが、それにはきちんとした理由があるのです!実は、枝豆には、二日酔いを防止してくれる作用があります。枝豆のたんぱく質に含まれるメチオニンには、アルコールを分解し、肝機能の働きを助けてくれる作用があります。また、ビタミンB1やB2がほかの野菜に比べてたくさん入っているので、疲労回復や日々の栄養不足を補う効果もあります。夏バテにも二日酔いにも効果があるなんて……。ああ、なんて万能な野菜なんでしょう!

ヤミー!枝豆

海外でも人気急上昇の枝豆!

さらに面白いことに、最近は海外でも枝豆が人気だとか!2013年のGoogle調査によると、外国人が和食について検索したワードランキングでは、枝豆が第2位になったそうです。
人気の理由を調べてみると……。
「健康に良い」「食べ方が楽」「大人も子どもも楽しめる」などなど。さやごと茹でて、食べるという食べ方がとても面白いようです。中には「さやって食べられると思ってた!」という声もちらほら……。メジャーリーグのスタジアムでも、日本のプロ野球よろしく枝豆を食べながら観戦できるところがあるんだとか。
海外でも人気な「Edamame」は、入手困難な地域も数多くあるので、外国人へのお土産にはぴったり!?世界中で愛されている枝豆。もはや、これを食べずして、日本は語れない!?

最新版!これがイマドキの枝豆料理だ!!!

枝豆といえば、茹でるだけでおいしくいただけるのが最大の魅力ですが、最近ではおつまみとしてさまざまなアレンジレシピがあることをご存知ですか?今回は、たくさんある中から、「これぞ、ビールにぴったり!」というものを紹介します。

1.簡単なのに間違いなし「枝豆ペペロンチーノ」
にんにくと鷹の爪をオリーブオイルで炒めて、そこに茹でた枝豆を投入します。最後にブラックペッパーで、味を調えたら完成。10分もあればできてしまう上に、ビールにぴったり!にんにくとオリーブオイルなんて絶対おいしいに決まってるじゃないかーーーー!

2.自宅でのパーティーに便利な「枝豆のフムス」
フムスとは、中東の国々で食べられている植物性のパテのようなもの。世界各国のヘルシー志向な方やベジタリアンに大人気なんだとか。それを枝豆で作っちゃいます!
枝豆・レモン・クミンシード・練りごまをフードプロセッサーで混ぜるだけ。とても簡単な上に、見た目も可愛いので、パーティーで出せば、評価もあがる!?クラッカーに塗って食べても◎

3.和風で行きたいなら「枝豆とコーンのかき揚げ」
夏野菜を2つ組み合わせた、最強のおつまみです!枝豆とコーンを天ぷらの衣にくぐらせて揚げるだけ。さっぱりしたいなら、塩で食べるもよし、めんつゆに付けて食べてもおいしいですよ◎

4.〆もがっつり枝豆!「牛そぼろと枝豆の混ぜごはん」
味もしっかりついていて〆にぴったりなのに、作り方はとても簡単!チャーハンを作る要領で、具材を炒めていくだけで完成。〆まで作れるなんて……枝豆ってすごい!

江戸のファーストフード・枝豆は、もはや高級食材に……

江戸時代に広く普及してから、現代まで枝豆の活躍ぶりは衰えることを知りません。海外では高級食材として、また日本でもブランド化され、悲しくも値上がりし続けている枝豆……。最近は、茹でて食べるだけでなく、蒸し焼きにしたり、他にもたくさんのアレンジレシピが、生まれているようです。今年の夏は、ぜひ枝豆にビールで、最高の晩酌をしませんか!?

Written by エダマメ

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美味しいからって天ぷらを食べ過ぎて亡くなってしまった歴史上の人物って!?

歴史上のあの人も愛した料理・天ぷらの歴史

エビやイカ、季節の野菜などを衣液につけて油で揚げると、お蕎麦屋さんや天ぷら屋さんで食べるサクサクした天ぷらが完成します。天つゆにつけて食べてよし、お塩をまぶして食べてよし。さくさく頬張る天ぷらは、ビールやお酒のお供としても最高ですよね。
一体この料理はいつごろ誕生したのでしょうか。

徳川家康と天ぷら

天ぷらはポルトガルで誕生した、といわれています。当時ポルトガルでは神様へお祈りを捧げるため、月の初めに節食する習慣がありました。この期間は魚介類を衣で上げた料理を食べる習慣があり、ポルトガル語で「テンポラ」と呼ばれていました。 この「テンポラ」がポルトガル人によって日本に伝えられ、「テンポラ」が訛って「天ぷら」と呼ばれるそうになったそう。
ポルトガルから天ぷらが伝えられた地・長崎には新しい物好きな庶民が多く、天ぷらもすぐに受け入れられて大人気料理へと成長します。
その後、天ぷらは関西へ進出、人気の波は更に関東へと向かいます。

徳川家康と天ぷら

江戸でポピュラーな食べものとして上り詰めた天ぷら

関西では野菜をメインとして提供されていた天ぷらですが、江戸の地では魚介類を揚げた天ぷらが多く提供されました。
また、江戸では現在のようにお店を構えて販売するスタイルではなく、屋台で誰でも気軽に食べられるようにして、気軽に食べられるイメージをアピールします。今でいうファストフードだったわけです。
この二つの作戦が大いに成功し、庶民からの人気が急上昇、天ぷらは関東地方の庶民から愛される郷土料理の地位を確立することになります。

徳川家康と天ぷら

浮世絵画家・月岡芳年の『風俗三十二相』にも天ぷらを食べる女性が描かれています

江戸幕府を開いた徳川家康も天ぷらが大好き

さて関東地方で庶民から愛されることになった天ぷらですが、徳川家康もこの天ぷらが大好きでした。 彼と天ぷらの出会いのきっかけは、京都の豪商として知られる茶屋四郎次郎から紹介されたことがきっかけ。彼が食べた天ぷらは公家から送られて鯛を揚げ、そのまま食べるのではなくニラの醤油に漬け込んでから食べるものでした。
家康はその魅力にすっかり惹かれることになります。

徳川家康と天ぷら

天ぷらを食べ過ぎて腹痛、そして…

彼はそれはもうガツガツと、天ぷらを食べに食べて大満足で床につきます。
しかし夜中、お腹に激痛を感じて幾度もトイレへ。だが激痛は収まることなく続きます。苦しんで苦しんで痛みに耐える家康ですが、ついにそのまま翌日、ポックリと亡くなってしまいます。
そんなバカなと思われるかもしれませんが、今でも彼の死因の一つとして挙げられているそうです。この話が本当だとしたら、今でも天ぷらが原因で亡くなる人がいてもおかしくありません、恐ろしい話です…。
みなさんも家康のように死んでしまわないよう、天ぷらの食べ過ぎにはくれぐれもご注意を…

Written by 廉

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