ねずみのアナトールとブルーチーズ・ショックと私
ピーマン・わさび・ゴーヤ…大人になって分かる味
小さかった頃はどうしても受け付けなかったのに、大人になってからは美味しく食べているという食べ物は珍しくないと思う。わさびだったり、苦みやクセのあるものだったり、人によって様々だ。
私の場合はブルーチーズがそれにあたる。ブルーチーズとの出会いは、忘れもしない小学校中学年の頃だった。
ねずみのとうさん アナトール
国語の教科書で、「ねずみのとうさん アナトール」という話を読んだのだ。ねずみのアナトールが繁盛していないチーズ工場に忍び込み、チーズを味見がてら、より美味しくするためのアドバイスをカードに書いて置いていく……という内容だった。
チーズといえば薄くて四角いプロセスチーズかキャンディチーズしか知らなかった私には、作中に登場した様々なチーズがとても魅力的に映った。エダムとかゴーダとか、どんなチーズかは分からなかったけれど、さぞ美味しいものに違いない!と。中でもとりわけ興味を惹かれたのがブルーチーズだったわけである。
ブルーチーズ・ショック
そんな時分にスーパーへ買い物に行ったら、なんとブルーチーズが売られているではないか!ブルーチーズといえば、あのアナトールも食べていたチーズである!今ではスーパーでもよく見かけるブルーチーズだが、当時は田舎のスーパーでそんな高級品が売られていることは稀であったこともあり、とても興味があった。
なんとか親に頼み込んで買ってもらい、家に帰って早速開封。そして、ショックを受けた。思ったよりも臭いがキツかったのだ。それに見た目もなんだか気味が悪いし、第一この青いものは食べていいのだろうか……。
でも親に無理を言って買ってもらった手前、食べてみなければなるまい。
意を決して一口。
思わず「うへぇ」と変な声を出した。
舌はピリピリ痺れるし、臭いはキツいし、しょっぱいし……これが私にとってのブルーチーズの出会い、ブルーチーズ・ショックだったのである。
大人になってからのブルーチーズ
そんな衝撃的なブルーチーズとの出会いから時間が経ち、私も今では赤ワインを飲みながらチーズを食べるなどという小洒落たことをするようになった。こどもの頃ショックを受けたブルーチーズも、今ではワインに欠かせない相棒だ。あの香りや刺激が無いと、少々物足りなさも感じる。
食べられるようになったきっかけは、知り合いのレストランで出されたブルーチーズだ。シェフがブルーチーズ初心者の私にも食べやすいようにと、白カビで覆われたタイプを選んでくれたのである。しかし相手はブルーチーズである。幼い日のショッキングな出会いを思い出して思わず身構えてしまった。
「とりあえず一口だけ食べてみよう……」フォークで少しだけすくって口に入れる。
「!」
その時、私の中のブルーチーズ観が崩壊した。
臭くない、ピリピリしない、しょっぱくない! 美味しい!
あの時食べたのはブルーチーズっぽい何かだったに違いないと思うほど、大人になってから食べたブルーチーズは美味しいものだった。もちろんシェフの目利きもあるだろう。しかし、自分自身が成長した……もとい、色々なことを見聞きして、少し薄汚れた大人になったからこそフクザツな味というのが分かるようになったのかも……なんて思ってみたり。
味覚の変化は成長の証?
大人になると味覚が変わる、なんて話はよく聞くが、自分でもここまでブルーチーズが好きになるとは思わなかった。今ではブルーチーズのピザも、ブルーチーズクリームのニョッキも、美味しく食べられる。こどもの頃の自分が知ったらさぞかし驚くだろう。
ブルーチーズを食べる時、いつも思い出すのは国語の時間に読んだアナトールの話である。昔は「ブルーチーズが好きだなんて変なねずみだ」と思っていたが、今ならアナトールが言っていたブルーチーズの美味しさも解る。小さかった頃は嫌いだったけれど、大人になってから食べられるようになった……その味覚の変化のプロセスには、成長の過程で培った人生の機微が詰まっているのかもしれない。
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ねずみのとうさん アナトール
イブ タイタス
アナトールはパリの近くの小さなねずみ村に、妻と6人の子どもたちと暮らしていました。毎日夕闇がせまると、自転車で走ります。家族のために食べ物をさがしに行くのです。トリコロールの色が効果的なガルドンの絵本。
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